薬物の本当のことをしりたいですか? クスリを簡単にのんでしまうあなたへのメッセージ 【FREEDOM FOR YOU】

 
 
 
 
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■ 治療という名の罠

愛知県豊田市こども発達センターで、「お母さんが、僕の知らないことを『僕がやった』と言うんだ」と訴えた当時10歳の梅村拓哉君は、児童精神科の医師によって「行為障害」と診断された。神戸で起きた連続児童殺傷事件の犯行少年と同じ診断である。その診断の結果、恐怖心にあおられた母親にせっかんされて亡くなる10日前のことだった。「一日中、お母さんと、にこにこして暮らしたいんだ」という拓哉君の懸命の訴えに耳は傾けられず、母親とその知人の証言のみに基づいて診断は行われた。その後に行われた判決では、拓哉君に「問題行動」が実際にあったとは認められないとして診断の根拠が否定された。つくられた偽りの「行為障害」がこの悲劇を招いたのである。

■ 精神科医による教育分野への介入

日本の教育分野における、精神科医の介入は1950年代までにさかのぼる。1955年、京都大学の精神科医、高木隆郎氏は、長期欠席児童の精神医学的調査を行い「問題児群」と称する一群を発表した。1965年には、高木氏によって「登校拒否」という呼称が提唱され、またその定義づけがされた。

1983年、精神科医である稲村博氏と大原健士郎氏の協力によって、「生徒の健全育成をめぐる諸問題〜登校拒否を中心に〜」という生徒指導資料が作成され、登校拒否の生徒に対する具体的対応策として、病院への収容治療が示された。

現千葉県知事の堂本暁子氏は、TBS記者であった当時にこうした収容治療の実態を取材し、次のような事実を暴露している。前述の稲盛氏は「入院させれば登校拒否は3ヶ月で治る」と言って積極的に登校拒否児の入院治療を行っていたが、それらの児童が入れられた病院では、患者が食堂への通路に置かれたベッドや椅子に縛られ、しびん、オムツをあてられて5日間も拘束されたいた子どもがいたという。堂本氏が精神病院で会った子どもたちの多くが、本人の意思に反して入院させられ、なかには麻酔をかけられて、両手両足を縛られて、病院に連れてこられたという例もあったという。「問題児」とされる生徒が懲罰的に精神病院に入院させられるケースも多く見つかったという。ある女子生徒のケースでは、つっぱっているという理由で無理やり精神病院に収容され、怒って暴れると体に電気ショックを10ヵ所もかけられたという。

登校拒否などの問題に関する指導資料では、「一刻も早く専門家に見せるべきである」と書かれているが、これは学校にとってとても便利な考え方であり、責任の転嫁でもあると同時に、それによって実際の問題が解決されることはない、と堂本氏は指摘している。

その一方で、1988年の9月には、朝日新聞夕刊の一面に「30代まで尾引く登校拒否児?早期完治しないと無気力症に?複数の療法が必要」と題された記事が掲載され、その中で上記の稲村氏は、登校拒否は早期に精神科医や心理学者など専門家に相談する必要性があると力説している。

翌年、文部省は「学校不適応対策調査協力者会議」を発足し、稲村氏もその協力者に名を連ねている。1990年6月、文部省は「通級学級 に関する調査研究協力者会議」を設けるが、その中でいわゆる学習障害児の問題についても併せて検討を行った。1992年3月に発行された学校不適応対策調査研究協力者会議報告では、登校拒否児童への対応にあたっての留意点として、早期発見、即時対応、精神・神経科などのある医療機関などの専門機関への協力要請が促された。1992年6月には「学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査研究協力者会議」が文部省によって立ち上げられた。

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